食事を終えると、洸大は自分の部屋に戻った。
たらふく食べたこともあったが、それ以上に色々ありすぎて予想以上に体が疲れていたのだ。
ドアを閉めると、洸大はそのままベッドへとダイブした。
「どうしたの?」
九尾が心配そうに洸大の元へ駆け寄った。
「ん? ちょっと疲れただけだよ」
洸大はそう言って、九尾の頭をなでてやると、九尾は嬉しそうに笑った。
「・・・・なあ」
「ん?」
「お前、本当に覚えてないの? 夢の事とか、そんな事」
「にゅう・・・」
「・・・そっか」
正直、覚えていて欲しかったのが本音だった。
千輝姫がどうのこうのというのが理由じゃない。
夢の中の九尾が言っていた「あいつ」のこと。
封印が解けて、再び俺を狙ってくる。
この事が、どんなことよりも気になっていた。
「・・・なんとなく、嫌な予感はするんだけどな」
もしかしたら、なんていう考えが浮かんでしまう。
もう少し自分が馬鹿だったなら、このまま静かに夢の世界へ入れただろうに。
「ねえ、けーやくしゃ」
「ん?」
「これ、なんて読むの?」
九尾が持ってきたのは、数学のノートだった。
「これは『こうだい』って読むんだよ」
「こーだい・・・」
「『ちとせこうだい』俺の名前」
「けーやくしゃの名前?」
「そう」
男には何かと千輝姫に関係する名前を付けられる。
千輝姫は春に生まれたとされているから祖父は春元。
親父はその春に輝きの意味を付けて春輝、そして俺は光の漢字が入っている、洸大。
「九尾も、名前欲しい」
「え?」
「九尾も名前が欲しい!」
「そんな事言われても、お前には九尾って名前があるじゃないか」
「九尾って名前は嫌なの!」
「どうして?」
「・・・九尾って言うと、みんな怖い顔をしたから」
「あ・・・」
九尾は少し悲しそうな顔をしていた。
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
九尾と言っただけで、皆が驚いた顔をしていた。
何も覚えていないこの子にしてみれば
自分の名前に何かがあるのかと不安に思うのも、当たり前のことだ。
「・・・俺、あんまそういうセンスって無いんだけどな。それでもいいのか?」
「うん! けーやくしゃが付けてくれるのなら、何でもいいの!」
何でも、か・・・。それが一番困る返答、なんだけどな。
そう苦笑しつつ、洸大の頭の中にはとある名前が浮かびあがっていた。
でも、そのまえに。
「ひとつ、約束してくれないか?」
「え?」
「俺の事、契約者って呼ぶのをやめてくれないかな」
「どーして?」
「お前が九尾って言われて嫌がるように、俺も契約者って呼ばれるのは嫌なんだ。
それにせっかく俺の名前、わかっただろ?
なら、どうせならお前も俺を名前で呼ぶこと。約束が出来ないなら、お預けだ」
「呼ばない! けーやくしゃって呼ばない!」
真剣な表情に、洸大は軽く噴き出した。
欲しい物のために必死な感じが、どこか懐かしい。
「・・・結狐」
「ふぇ?」
「結狐って、どう?」
「ゆっこ・・・」
「お前と俺、昔から契約していたんだろ?
だから、結ばれた狐って書いて、結狐」
「・・・・ゆっこ・・・結狐! 九尾の名前、結狐!」
「わっ!」
九尾・・・結狐は再び洸大に抱きついた。
「嬉しい・・・ありがとう! こーだい!」
九尾の嬉しそうな顔を見て、洸大は少しだけ体温が上がるのを感じた。
恥ずかしいやら、照れるやら・・・。
色んな気持ちが沸いているけど
結狐の嬉しさに比べたら、足元にも及ばないだろう。
嬉しそうに何度も自分の名前を呼んでいる九尾を見て
洸大は微笑みながらそう思っていた。
第2話 結びの名前 了
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