家に戻ってきた俺はそのまま部屋へと戻り、かばんを無造作に放り投げるとそのままベッドに倒れた。
「はぁ・・・全く、爺ちゃんにも困るよなぁ・・・」
不意にため息が出る。
みんな期待しすぎっていうか、なんというか。
ただ単に覚醒遺伝みたいな形でこういう祓い方が出来るだけかもしれないっていうのに。
「・・・千輝姫、か」
千輝姫という名前だけならこの辺りの人間なら1度は聞いた事はある名前だ。
おとぎ話でよく聞かされるから。
『千輝姫という強い巫女は、悪い妖怪を倒していきましたとさ』という風に。
「・・・・あほらし」
こういう家系で育ったから霊や妖怪の存在が本当にいるという事は、認めたくないけど、認めるしかない。
だからこそ、本当にいろいろなところへ連れて行かれては、色んな目に遭った。
呪術で呪われた人間の姿、憑依された人間の姿、動物とは違う明らかに奇妙な姿をした化け物。
みんながそういった物を「本当にいるのかいないのか」と議論できる年齢に達した頃には
俺の中ではそういった物が日常に溶け込んで、極めて普通の存在になっていた。
だから周りの俺に対する視線っていうのは、変わりものでしか見られなかった。
俺だけでない、俺達が変に見られていた。
いい事なんて、全然なかったんだよな。
危険な目に遭うばかりで、どれだけ頑張ってもまわりは信じない。
昔は憧れた千輝姫の話も、そうしていくうちに、逆に嫌悪感でいっぱいになってしまった。
「それからだったわよね、あんたが儀式に全く参加しなくなったのって」
「・・・・・・・うわっ!!!!!」
いつの間にか目の前に姉貴が立っていた。
「反応おっそーい」
「っ・・・・い、いきなり現れんなよ姉貴!!」
「あんたが黄昏れているからでしょ?」
全く・・・そうつぶやいて姉貴はふわっと空中で腕を組んで俺を睨んだ。
普通見えないはずの奥行きが薄く見えている。
姉貴がこんな姿になったのは、約3年前くらい。
病気で死んだ後からだ。
「何しに来たんだよ姉貴」
「ん? もちろんデェト、よ」
「昨日もデートだったんじゃなかったっけ?」
「あら、昨日今日どころか明日も明後日もいっつもデートですから」
「ははっ・・・全く、幽霊ってのは気が楽でいいですなぁ?」
「そーねぇ。空中浮遊も楽々だし、あたしみたいな力のある人間なら悪霊にもならないし、どこでも行けちゃうしね!」
「笑って言ってんじゃねーよ、バーカ」
「っとぉ!! あっぶないわね! あんたがあたしに触れたらあたし成仏しちゃうでしょーがぁ!!!」
「静かでいいんでないの?」
「洸大!!」
「ははっ」
姉貴は生きていた当時はこんな活発な性格では無かった。
元々身体が弱くて、引きこもり気味だった。
そしてそんな姉貴が得意としていた術は「代わり身」という名前だけなら
まるで何かに化けるようなものだが、実際は違う。
対象者の代わりに、自分が何もかも受け付けるという、捨て身の業。
呪いや憑依を、自分が代わりに受けるというものだ。
姉貴は、毎日毎日この業で呪いや憑依から依頼者を守ってきた。
そして、病魔の憑依によって、命を落とした。
元々身体の弱い姉貴にとって一番相性が悪かったのが病魔の存在。
俺は断れと抗議したけど、姉貴や家族達は反対した。
覚悟の上だと、そう言って。
そして姉貴は病魔によって殺された。
泣いた。とにかく泣いた。当時俺はまだ中学生で、姉貴に甘えていた頃だったから。
だけど、だけど姉貴の死に、みんなはあまり悲しむことはなかった。
「呼び出せば、いつでも会えるんだもんなぁ」
「? どうしたの?」
「なんでもねぇよ」
姉貴と同等の力を使える人間なら、ちょっと力を使えばすぐに姉貴を呼び出せて会うことができる。
だから俺達のような人間にとって、死というのは決して永遠の別れではない。
成仏させたまでなら、いつでも呼び出すことができるんだ。
だから悲しむ人間なんていない。
俺を励ます時、みんなはこう言っていた。
「お前ほどの力の持ち主なら、呼び出さなくても普通に愛美の姿は視ることができるよ」
・・・そういう問題じゃないだろって話だよ、全く。
「そういえばさ、烏羽先生があんたの事、心配してたわよ」
「え?」
「最近、ちょっと元気がないって」
「烏羽さんが?」
「ええ、どうしたのかなって、さ」
「・・・・」
「どうしたのよ、一体」
姉貴はふわふわと降りてきて、俺の隣に座った。
「洸大?」
「・・・はは、烏羽さんに心配されるようじゃ、本当に顔に出てるんだなぁ、俺」
「じゃあやっぱり何かあったのね?」
「まあ、たいしたことじゃないんだけどな」
「いいわ、話してみなさいよ」
「・・・最近、変な夢を見るんだ」
少し間を置いて、俺は思い出すように喋りはじめた。
「夢?」
「ああ、何度も同じ・・・おかしな夢だよ」
暗闇で何も見えなくて、泡みたいなのがたまに浮いてきて、でもそれは当っても冷たくなくて。
空間はとても静かで音もしない。
しばらく進んでいくと、今度はドクン、ドクンとどこからか鼓動が聞こえてくる。
そして、声が聞こえるんだ。
「もうすぐだ、お前の力を自分のものにしてやるって」
「え・・・・?」
「全く知らない奴の声でさ、男なんだけど。
眠るたびにそんな夢を毎回見るんだよ」
「洸大・・・それって・・・」
「だからさ、気味悪くてあんま眠れなくておかげで最近ちょっと寝不足なんだ。
それに加えて学校の授業とかで疲れててさ。
顔には出してないつもりだったんだけどなぁ」
「・・・・・そ、か。じゃあ、あんまり心配しなくってもいいのね」
「ああ、体調に関しては全然大丈夫だし。
烏羽さんにはまた学校で伝えておくから、だから姉貴もあんま気にすんなよ」
「うん、わかったわ。ま、あまり無理はしないでね」
「それは一番気にしてるから、安心しなって」
「そっか。・・・・じゃ、お姉さんはそろそろ退場するわ」
姉貴は身体をふわっと空中にまた浮かせて、そしてこっちを向いてにっこり微笑んだ。
「またね、愛する弟よ!」
「はいはい。途中成仏されんなよ?」
「そんなドジな事しません。じゃあね、ばいっ!」
言葉が合図となって、姉貴は空中を壁のようにひと蹴りして、天井をすり抜けて出て行ってしまった。
「幽霊になったら、性格は明るくなるのかね?
ま、それなら悪霊なんて生まれないんだけどさ」
天井を見上げながら、俺は小さく苦笑した。
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