「織姫様ってね、わたし達星神家のご先祖さまだって言われてるよ」

「先祖・・・? 俺で言う、千輝姫と同じような感じで?」

「うん。
なんかね、家系図みたいなのがあって、見せてもらった事があるんだ。
女性は皆女としか書かれてなかったんだけど、兄弟の名前に彦星命っていう名前があって
彦星命には双子の妹がいたっていう話があるの。
その双子の妹が織姫っていわれているのよ」

「へぇ・・・そんなの、初耳だな」

「千輝姫の話の方が有名だからねー。
あ、でねでね!?
わたし、一応織姫様の生まれ変わりかも!?って言われてるんだよ!
凄くない!?」


織香の瞳は急にキラキラと輝いた。


「す、凄くない?って言われても・・・俺にはその感動はサッパリだな」

「サッパリなの? つまんないなぁ」

「つまんなくて結構」


生まれ変わりといわれた人生にロクな事がない。



・・・そもそも、生まれ変わりという言葉自体、聞いただけで虫酸が走る。











生まれ変わりだから、耐えなくてはならない。


生まれ変わりだから、やらなくてはならない。


生まれ変わりだから、生まれ変わりだから。






それだけの理由で、自分がどれだけの目に遭ってきたか。


そして、これから先、自分がどんな目に遭うのか。







千輝姫が付きまとうだけで、欲しい平穏が手に入らない。








「洸大?」

「ん?」

「どうしたの? 難しい顔しちゃって」

「ちょーっとな。 それより結狐!」

「う!?」



とうとう我慢が出来なくなって、俺は叫んだ。
するとあちらこちらと、目障りなくらい歩きまわっていた結狐が驚いた顔でこっちを見た。


「ここは人ン家なんだ! うろちょろすんな!」

「だ、だって・・・いろんなものがあるから・・・」

「色んなものがあっても我慢してここに座ってろ! ここは俺の部屋じゃないんだぞ!?」

「むう・・・」


結狐は口を尖らせて頬を膨らませた。


「な、なんだよ・・・その口」

「こーだい、けち!」

「なっ!!  人を小さい人間みたいに言うな!」

「けちけちけちー!!」



あぁもう!!

なんでこう、夢と違ってほんとに子供化してんだ!?



「こ、洸大。あたしは全然平気だよ?」

「いや、そういうわけにもいかない」

「え?」

「明日からこいつは小学校へ通うんだ。
基本的なマナーを覚えてもらわないと非常に困る」

「あ・・・」



結狐は好奇心の塊だ。

このまま学校になんて行ったら、好き放題に暴れるに決まってる。

教科書だって鉛筆だって黒板だって、チョークだって・・・挙げだしたらキリがない。



物だけじゃないぞ。

こいつは人間じゃなくて妖怪だ。

まあ姿形はどうにかごまかすとしても・・・




力だ。




俺自身もはっきりとこいつの力を見たことがないから、なんとも言えないけど。

そもそも九尾は自然界の力を扱うといわれている。

九尾が怒ればたちまち雷雲が現れて雷を落とし、強風や竜巻が起こるという。

しかし、九尾は成熟していたから感情のコントロールなんて簡単なものだったろう。




だが、この九尾はどうだ。



俺が動くなといっただけで頬を膨らませてプリプリ怒っている。


これがもし度を越せば・・・考えただけでも、血の気が引いていく。



「問題が起こる前に、起こさないように対処しておかないと・・・」

「・・・ふふ」

「え?」

「なんか、お兄ちゃんって感じだね、洸大」

「は、はあ?」

「さながら心配性な兄って感じ」

「なんだよそれ」

「ふふっ」

織香は楽しそうに笑っていた。
兄、という言葉の響きに少しだけ体温が上がる。
・・・なんというか、不思議な感情だ。


「・・・と、とにかく」


コホンッと咳払いをして、再度洸大は結狐の方に向いた。


「結狐、大事な話がある」

「・・・・なに?」


結狐はまだ少し癇癪を起こしているようだった。


「・・・これからいう事がちゃんと出来たら、飴やるよ」

「あめ?」

「そう、飴。・・・・これだよ」

洸大はポケットから小さい袋に包まれた飴を取り出した。
袋は透明になっていて中の飴が透けて見えている。


「美味いんだぜ、これ」

「美味しいの? 食べる!」


美味しい食べ物、という言葉に結狐の表情はすぐに笑顔に変わった。
物で釣る、良い言葉ではないがそのとおりだと洸大は感じた。


「じゃあ、これから言う事をしっかりと覚えるんだぞ」

「うん!」

「・・・まず、お前は珍しいものが大好きだよな?」

「うん! 大好き!」

「それって凄くいい事なんだけど
その好奇心を表に出すのは時と場合を考えなきゃいけない。
・・・なぜだと思う?」

「にゅう・・・?」

「・・・プライバシーがあるからだよ」

「ぷらいばしー?」

「他人にはいえない秘密、私生活っていうのかな。
部屋っていうのはそれが特にたくさんある場所なんだ。
多分、自分の部屋以外にプライバシーが多いところはないと思う」


例えば思春期の男なら、ベタにベッドの下とか押入れの中とか。


「そういうプラシバシーって他人には絶対知られたくないんだ。
知られたら凄く恥ずかしい、そう思うものこそがプライバシー。
それを好奇心って気持ちだけで結狐が見つけてしまったら
見つけられたその人は・・・どんな気持ちになる?」

「・・・・恥ずかしい・・・」

「そう。
そしてそれは人によっては立ち直れないくらいの物かもしれない。
もしそんな物だったら、好奇心だけで見つけた結狐は悪者になる。
・・・それはいやだろ?」

「うん・・・いや」

「だから人様の家にいるときはむやみに歩き回ってはいけないんだ。
それに・・・あまり他人の家で歩き回るのは印象が良くないんだよ」

「どうして?」

「これは一般常識って言って・・・」





それから洸大は結狐に一般常識というものをひとつひとつ教え始めた。



学校の事、授業中の事、他人のとの接し方、感情のコントロール。



時には織香と洸大が実際に例を現すことで

飴が目当てだった結狐も、次第に理解を深めていった。




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